自然科学書出版  近未来社
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地層処分 −脱原発後に残される科学課題−

【書評】

「地学雑誌」 2013年 122巻5号, N7-N9, 東京地学協会より転載
小出 仁
 地層処分について知りたい地学関係者や学生に最適の本で,日本の地層処分研究の到達点と今後の課題が解説されている。地層処分の工学的側面については地球科学に直接関連する事項を中心に必要最小限の解説に留められているが,地学関係者にはむしろ好ましいであろう。原子力政策の見直しの機運のなかで,現代の科学・技術が直面する最大の難問の一つである高レベル放射性廃棄物の地層処分に真正面から取り組んだ本書の刊行は意義深い。本書の内容・構成は,従来の地質学や応用地質学関係の教科書等に慣れた方々には多少違和感があるかもしれないが,広い意味での環境地質学が重要になりつつある現在では,地球科学関係だけでなく多くの関連分野の方々に読んでほしい入門書でもあり,深部地下環境を理解するために恰好の良質の教科書である。

 本書の内容は,著者が昔所属していた動力炉・核燃料開発事業団(略称動燃)とその後身の核燃料サイクル開発機構(現在は独立行政法人日本原子力研究開発機構に統合されている)で著者自身が直接研究してきた成果を反映している。従来はおもに資源の探査や採取のために研究されていた日本の深部地質環境が,環境の視点からはじめて体系的に研究された。その成果は膨大でありながら一般にはあまり知られていないが,ここにその一端を知ることができる。しかし,本書は地層処分を実現するためという姿勢ではなく,地層処分という技術を理解してもらうために客観的な姿勢で書かれ,未解決の課題についても記述している。「これまでに研究蓄積されてきた地球科学的,地質学的知見,また自らの研究成果に基づいて,変動帯地質環境での地層処分の可能性について論じたものである。検討にあたっては,できるだけ客観的に議論することを心がけたつもりである」と著者も述べている。一般の方々にも読みやすく書かれた本書は,その目的とする「地層処分の現状と問題点についての情報の共有化」に確かに貢献するであろう。

 東日本大震災による福島第一原子力発電所事故以来,原子力発電に対する世間の目は厳しくなっている。地震や火山が多く,隆起・沈降の激しい「変動帯」にある日本列島での原子力利用の安全性に疑問がもたれている。50年以上前に茨城県東海村に「原子の火」がはじめて灯った瞬間から,ウランの核分裂連鎖反応に伴って核分裂生成物つまり高レベル・長寿命のさまざまな放射性核種が核燃料棒中に生成され,今では日本全国で54基ある発電用原子炉内に多量の放射性核種が蓄積されている。核分裂生成物で満たされた使用済核燃料棒も,17か所の原子力発電所内に貯蔵されている。原子炉のなかで生み出された長寿命の放射性廃棄物は,文字通り「煮ても焼いても消すことができない」ので,「安定な地下深部」に処分する以外に現実的に可能な処理方法がないのである。半世紀も前に「パンドラの箱」を開けてしまったので,今になって脱原発をしても地層処分の必要性は変わらない。使用済核燃料は原子力発電所にそのまま保管せよという意見もあるが,東日本大震災で核燃料を原子力発電所に貯蔵することの危険性が改めて認識された。日本で数百年も保管すれば必ず大地震を経験することになろ う。まして数万年も安全に漏洩なく保管することは事実上不可能なので,速やかに「永久処分」する方が安全なのである。

 地層処分以外の「処分方法」が本書にも列挙されているが,いずれも地下処分の代替にはなりえない。東日本大震災以後の原子力見直しのなかで,核燃料サイクルを断念して使用済核燃料をそのまま処分する「直接処分」にするべきという意見もでている。しかし,「直接処分」も地下深部に埋設処分することは同じで,地層処分と本質的には変わらない地下処分の一種である。直接処分では使用済核燃料棒中にプルトニウムやウラニウムが大量に含まれているので数10万年以上の長期隔離が必要になるのに対し,核燃料サイクルに使うためプルトニウムやウラニウムがとり除かれている「高レベル放射性廃棄物」を埋設する狭義の地層処分では必要な隔離期間が短く,10万年程度であるのがもっとも重要な違いである。多くの国々は,地下処分つまり地層処分か直接処分のどちらかを選択している。原子力を利用している国々にとって放射性廃棄物処分は逃れられない責務であるが,地震や火山の多い「変動帯」を国土とする日本はとりわけ厳しい立場に置かれている。ウラニウム資源に乏しく,「変動帯」にあるため長期安定な処分サイトを見つけにくい日本が核燃料サイクルを選ぶのは合理的理由がある が,技術的困難さや費用も総合的に評価しなければならない。

 本書の構成は,まず放射性廃棄物とその処分方法の概要が説明され,地層処分の由来である「オクロ天然原子炉」が紹介される。放射性廃棄物地下処分の直接のナチュラルアナログ(類似現象)はアフリカのオクロ付近でしか見つかっていないが,ナチュラルアナログの研究対象は日本の東濃ウラン鉱床やガラス玉や釘などの考古学的資料などにも広げられている。数千年・数万年もの長期にわたる地下挙動を検証するにはナチュラルアナログが必須なためである。オクロ天然原子炉跡やウラン鉱床はウラニウムが大量に存在するので,厳密にいえば狭義の地層処分よりむしろ直接処分の方に近いが,地下処分の要素部分に着目すればさまざまなナチュラルアナログを見いだすことができる。

 第2章「地下環境の緩衝機能−地層処分に求められる地質要件−」では地下環境の包容力が論じられる。地下に「穴」を開ければ,地下環境を乱すことになる。空洞ができることにより地下の応力分布が変わる。水を汲み上げれば地下水位を低下させ,酸素を送り込めば酸化還元状態が変わり,地下水や岩石に化学変化をおこす。放射性廃棄物を埋設することにより地下環境が長期的にどのように変化するか予測しなければならないので,処分施設と同様な施設を実際に地下につくって研究しなければならない。日本をはじめ各国が地下研究所を建設し地下処分と地下環境の相互作用を徹底的に研究している。

 第3章「地下環境のバリア機能」は地下処分の拠り所であり,本書の核心である。地下の岩体中の微小な空隙や割れ目・断層を編み目のように連ねた「水みち」を物質がどのように移動し,あるいは留まるかを理解しなければ,地下に廃棄物を処分できない。日本は「変動帯」にあるため地下岩体中に割れ目や断層が多く,岩石風化や熱水による変質の激しい地域もある。日本独特の水みちとしての割れ目の性質と存在は,工学分野でも認識されつつあり,Japan Specific(日本固有の地下環境)の隔離機能について検討している。

 第4章「地質環境の長期安定性」は世界からも日本が重点的に研究すべきテーマとみなされている。日本に火山や活断層は多いが,詳細にみれば地域により分布の偏りが大きく,ほとんど存在しない地域もある。隆起・沈降も重要で,地下深部に設置した廃棄物が直接地表に露出するほどの急激な隆起でなくても,地下水流動や酸化還元状態の変化などは地下処分の隔離性能に影響する。

 第5章「残された科学課題」は日本の科学界が総力をあげて取り組まなければならない難題である。日本にも長期安定な地域が存在するか,数万年の処分サイトの安定性の将来予測は可能か,そして予測の不確実性を減らすには何をすべきかが日本の地球科学に問われている。さらに大切なのは,地層処分サイト選定は地球科学者が純粋に科学的に行うべきで,政治的な干渉を排除しなければならないことである。日本では原子力など重要な施設のサイト選定は政治的または経済的に決められ,地球科学者の意見は無視されてきた。その結果は東日本大震災で明らかになっている。日本は自然災害が多いのに地球科学に関心がなく,地学教育が絶滅危惧種になっている状況は改めなければならない。本書著者も「いろいろな考え方を持っている研究者同士が,地層処分の長期的な安全性や処分候補地選定などについて自由に議論できる場が不可欠である。そのためにも,情報の透明性が確保・維持された,研究者集団による『認識共同体』の速やかな形成が望まれる」と結んでいる。