自然科学書出版  近未来社
since 1992
 
高レベル放射性廃棄物処分場の立地選定
 −地質的不確実性の事前回避−

【書評】
 書評 @ 「日本地質学会 News」 Vol.26, No.8, p.5(日本地質学会)〔評者;石渡 明〕
 書評 A 「地学雑誌」 2023年 132巻5号, N4-N5ページ(東京地学協会)〔評者;田中 和広〕
 書評 B 「地下水学会誌」 2023年65巻4号,p.365 〔評者;竹内 真司〕


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「日本地質学会 News」 Vol.26, No.8, p.5(日本地質学会)
石渡 明(正会員 原子力規制委員会委員)
 近未来社からの著者の8冊目の学術書である.本書の構成は,「はじめに」(p.7-),第1章「日本の高レベル放射性廃棄物(HLW)地層処分に向けた研究開発の流れ」(p.15-),第2章「日本のHLW地層処分の考え方と処分場立地選定の方法」(p.23-),第3章「日本のHLW地層処分研究の問題点」(p.39-),第4章「隠れた地質的問題」(p.45-),第5章「様々な地質の構造と性質」(p.73),第6章「不確実性の事前回避と最近の立地選定の状況」(p.145),「あとがき」(pp.155-162)となっている.「はじめに」の冒頭には「本書は私個人の責任で書いた著作であり,私が理事長を努めている公益財団法人深田地質研究所の総意を著したものではない」という断り書きがある.また,10頁では「HLW地層処分関係の研究開発に地質学の立場から第三者的に長くかかわってきた人は意外に少なく,私はその一人だと思う」としてその関わりを述べている.
 本書の帯には「変動帯ゆえに見過ごされてきた地質的検討」という見出しで「はじめに」の抜粋があり,それを更に要約すると,「処分場に対する火山活動や断層運動の直接的影響は回避できたとしても,地質構造や地下水にまつわる不確実性は,処分場立地選定の段階的調査において,最後まで持ち越される可能性が高い・・・わが国は変動帯にあるがゆえに,あまりにも地殻変動に目が向き,それ以外の重要な課題を置き忘れたようである」とのことである.この「不確実性」を実例に沿って解説したのが本書のほぼ半分を占める第5章で,原子力発電環境整備機構(NUMO)によるセーフティケース(包括的技術報告書,概要説明:https//www2.nra.go.jp/data/000359348.pdf)の検討対象母岩の3つのモデルの設定にとらわれず,著者の地質調査経験から,地層本来の均質(不均質)性に注目して,新第三紀火山岩類(寿都・神恵内,NUMOの3モデル外),新第三紀堆積岩類(幌延,NUMOも同語),付加体(「先新第三紀堆積岩類」),花崗岩類(瑞浪,「深成岩類」)の4種の地質を解説している.
 新第三紀火山岩類についてNUMOは「処分場の設計および安全評価の観点から深成岩類と類似」とするが,本書ではこれを「間違いである」と断言している(p.74).深成岩類は割れ目を除けば均質なのに対して,新第三紀火山岩類は本来的な性質として不均質であり,非常に透水性が高い部分があって,同じ地質の泊発電所の例を挙げ,多数のボーリング調査をしないと地下の構造を把握するのが難しく,そのような調査を行うこと自体が,処分場の建設には好ましくないと述べている.
 新第三紀堆積岩類は「軟岩」であるがゆえに破断することなく変形し,割れ目ができても続成作用の過程で閉じてしまい,このような性質はHLW地層処分にとって有利な性質と考えられてきた(p.97).しかし,珪藻泥岩など化学的条件で硬くなった地層は割れやすく,高圧の地下水によって泥火山が生じることもあり,「日本海側の褶曲地域は,油田胚胎地域や断層沿いではないにしても,処分場立地選定にはあまり好ましいとは言えない」(p.111).なお,石狩,常磐,北九州などの古第三紀堆積岩地域は,その多くが石炭層を含んでおり,将来採掘される可能性があるため,これも処分場立地には不適である.
 付加体は資源エネルギー庁の「科学的特性マップ」(2017)の「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い地域」に多く含まれ,上述のNUMOの3モデルのうち「先新第三紀堆積岩類」に当たる.著者の評価では,付加体は大規模な破砕帯を伴う衝上断層を多く含み,「文献調査の結果断層破砕帯はあまりないように見えても,調査をしてみた結果,多数の破砕帯があった,という結果になりうる.付加体は地質的不確実性が高いことから,HLW地層処分場の立地選定には適していない」(p.123)
 花崗岩類は,我が国など多くの国で処分場の母岩として検討されてきた.実際,フィンランドやスウェーデンでは花崗岩にHLW地層処分場が決定された.ただし,これらは安定大陸にあり,割れ目も少ない.一方,我が国で見る花崗岩は大部分が多くの割れ目を有している.しかし,日本でも花崗岩体の芯の部分は割れ目が少なく,そこはHLW地層処分場の有力候補である(p.124).岐阜県瑞浪の超深地層研究施設(既に閉鎖.埋め戻し済み)では深さ500mまで立て坑と水平坑道が展開されたが,これらは高角度の断層と交差する形で掘削され,断層近傍の岩盤の性質に関しては詳しいデーが得られたものの,断層から離れた,割れ目の少ない花崗岩の情報は限られている(p.143).
 本書には若干記述不足や誤りと思われる部分がある.本書56頁に,原子力発電所の新規制基準では「将来活動する可能性のある断層等」の活動性評価において,「12〜13万年前より古い地層が断層を被覆し,断層によって切断されていなければ将来的な断層の活動を考慮する必要はないとされている」と書いてある.これは「上載地層法」による評価であり,それ自体は正しいが,実際は原子力規制委員会が新規制基準への適合性を認めた発電所等の約半数において,「鉱物脈法」が用いられてきた(地質審査ガイド,p.13(5).20(2)E:https//www.nra.go.jp/data/000069164.pdf)
 本書では著者の豊富な野外調査経験に基づくエピソードが多く語られる.1/5万地質図「南部」(山梨・静岡県境)で数kmにわたって断層がない山地でも,実は20〜100m間隔で平行な断層が分布し,それに沿って「山向き小崖」や「線状凹地」が発達する(p.54-55).一方,千葉県北東部の?風ヶ浦では7kmの範囲で断層がほとんどない(p.58-59,口絵@).そして,四万十付加体の中に地下発電所を建設しようとして(場所は不詳),その周囲の半径1km程度を踏査したら,塊状硬質な砂岩が連続して露出していた.この段階で「もう調査はいらないですね」となったが,念のため予定地をボーリング掘削して「大丈夫」なことを確かめた.「このように,「安心して」調査・工事を進められることは,HLW地層処分にあたってきわめて重要である.そのためにも,不確実性の回避は不可欠なことである」(p.146)という話は,「付加体は処分場の立地に不適」とする上述の著者の主張と一見矛盾するが,HLW地層処分場選定の段階的調査においては,まず地質踏査を優先して行うべきとの著者の指摘(p.40-44)は説得力がある.
 なお,原子力規制委員会は,「第二種廃棄物埋設の廃棄物埋設地に関する審査ガイド」(2022.04.20. 改正前は「中深度処分の…」)(https://www.nra.go.jp/data/000402042.pdf)などを公表してきた.
 拙稿に貴重な御意見を賜った原子力規制委員会委員長代理の田中 知先生に感謝する.


 A
「地学雑誌」 2023年 132巻5号, N4-N5ページ(東京地学協会)
田中 和広
 わが国の原子力発電所で発生する高レベル放射性廃棄物(HLW)は再処理後,地下300m以深の岩盤中に処分することとなっている。すでにフィンランドやスウェーデンでは花崗岩を,またスイスでは堆積岩を対象として処分場が選定され,建設のための準備が進められている。
 これらの安定陸塊と比べて,変動帯に位置する日本列島では格段に火山や地震などの地殻変動が激しく,これらの著しい影響を避けることが処分場立地選定において最大の検討事項とされてきた。そして,そのための大きな一歩として,経済産業省資源エネルギー庁から2017年に科学的特性マップが公開された。
 著者は,これまで,HLWの地層処分の研究開発や学術会議の専門委員会,原子力発電環境整備機構のレポートのレビュー委員等として,長年にわたって事業の計画・評価に携わってきており,本書にはその中で感じた地質学者としての地層処分事業への違和感や今後の活動への期待が書かれている。
 本書は,著者がこれまでに携わってきたダム,トンネル等での現場での地質調査の経験をもとに,HLW地層処分場立地選定という観点から,わが国の地質・地質構造を検討したものである。著者は,科学的特性マップをクリアした地域でも,地質は一筋縄ではいかないとし,「地下は一寸先は闇」と本書の中で表現している。現場で調査をしたことのある地質技術者であれば,この言葉の重みが十分に理解できるものと思う。われわれの知りうる情報は限られていることを謙虚に認め,いかにすれば地質・地質構造,地下水流れの不確実性を減らして安全な地層処分ができるかについて述べている。
 著書の内容について触れてみる。
 著者は,サイト立地選定調査の手順として,避けるべき重要案件は初期段階で避けることがきわめて重要であり,わからないからと言って先送りにしていくと,調査の最終段階で抜き差しならないことになる可能性が大きいと強調している。著者は「いくら調査しても限られた調査ではわからない地質や地下水がある」とし,そのような不確実性の高い地域は初期段階で避けるべきであると述べている。本書の焦点の一つはここにある。日本は変動帯に位置するため,立地選定においては,まず火山や地震活動など地殻変動の激しい場所を除外要件として示すことで,自治体から公募を行っている。筆者は,この手順を評価しつつも,このような場を避けたにしても,処分場の規模を考慮すると,わが国の地質(岩種)や地質構造(断層,褶曲など),さらに地下水が本来的に持っている特性の中には,処分場建設や安全評価において解決し得ない好ましくない特性があることを,具体的事例を示し,解説している。
 新第三紀火山岩類は,枕状溶岩,自破砕溶岩,水中土石流,貫入岩などの多様な岩石から構成され,かつそれらが複雑に岩相変化することにより,サイト規模(約2km×3km)においては,構成岩石の種類・地質構造や地下水流動における不確実性が懸念されるとしている。新第三紀堆積岩については,岩種分布により複雑な透水構造を示すことから,厚い泥岩層や珪藻質泥岩で変形を受けていないものが好ましいとし,日本海側の褶曲の発達する地域においては異常間隙水圧層によって広域的な地下水流動が支配されている可能性を指摘している。付加体については,深層崩壊に関連した実証的地質調査結果から,これまで確認されていない破砕帯を伴う衝上断層が多く分布し,水理構造を支配していることを明らかとし,その分布や連続性は処分場規模を考えると大きな不確実性を持つことを示している。花崗岩については,割れ目が多いと一般的な印象を持たれているが,野外調査の結果から,割れ目が多いのは岩体のルーフ上部に限定され,深部には割れ目の発達しない,芯となる健全な岩体が存在する可能性が高いことを述べている。
 地質構造に関しては,処分地の候補として?風ヶ浦海岸のような断層の分布が少ない範囲を選定すべきとしている。また,新潟県東頚城地域等の調査結果は褶曲構造が地下水の分布を規制していることを示しており,候補地として褶曲地域を避けるべきとしている。地殻変動に伴う地下水の不確実性として,地震時の地下水挙動,日本海側の堆積岩分布地域における異常間隙水圧層,深部流体・熱水などをあげている。
 現在,北海道の2か所で概要調査地区選定のための,文献調査が行われており,これから,処分事業は本格化していくことが想定される。このようなタイミングで出版された本書は,地層処分の安全性という観点から,従来注目されてきた地殻変動以外の重要問題である地質・地質構造,地下水における不確実性に関し,地質学の基本であるフィールド調査等の成果に基づき,見直すためのよい機会となるものと考える。事業にかかわるすべての研究者や技術者,学生諸君に是非一読願いたい。


 B
「地下水学会誌」 2023年65巻4号,p.365
竹内 真司(日本大学)
 本書は,原子力発電によって発生する高レベル放射性廃棄物(HLW:High-Level radioactive Waste)の地層処分場の立地選定に関して,これまで多くのダムや発電所の地質調査の経験を持つ著者の考えが示されたものである。HLW は特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律(以下,最終処分法)によって,深度300 m よりも深い地層中に処分されることとされており,2023年10月現在,北海道の寿都町と神恵内村において,最終処分法に基づく3 段階調査のうち,最初の文献調査が実施されている。
 本書の「はじめに」では,以下のような著者の主張が述べられている。
・HLW 地層処分を考えるとき,(中略)処分場に対する火山活動や断層運動の直接的影響は回避できたとしても,地質構造や地下水にまつわる不確実性は,(中略)最後まで持ち越される可能性が高い。
・処分場立地選定は近年順調に進みだしたように見えるが,実際にはそんなに楽天的なことではない。
・研究論文は成功事例であり,(中略)まして不成功に終わったことは前面には出てこない。HLW 地層処分を考えると,成功事例を踏襲しようとするよりも,不成功にならないようにするにはどうすればよいか,ということが重要なのである。(中略)答えが出ないならゴールに向かう迂回路をみつけるべきなのである。
 著者は本書を通して,地質や地下水の不確実性の少ない地域の中から地層処分場を設置すべきであることを説いており,実際にそのような条件を備えた場所が存在する(であろう)ことを示している。まさに長年の様々な地質調査の経験を踏まえた著者ならではの主張である。本書の構成は以下の通りである。
  第1 章:日本のHLW 地層処分に向けた研究開発の流れ
  第2 章:日本のHLW 地層処分の考え方と処分場立地選定の方法
  第3 章:HLW 地層処分研究の問題点
  第4 章:隠れた地質的問題
  第5 章:様々な地質の構造と性質
  第6 章:不確実性の事前回避と立地選定の状況
 上記の中で地下水に関わる問題は第4 章に記されており,温泉や深部流体,泥火山などの形成や上昇のメカニズムが不明確であることや,地震時の地下水位変動について,地震後に地下水位が長期にわたって元の状態に戻らない場合が存在することなどについて具体例を挙げて紹介し,このような地点は処分の実現性は低いとしている。
 また第5 章では,原子力発電環境整備機構(NUMO)が2021年に公開した「包括的技術報告書」で,わが国の代表的な岩種として取り上げた3 種類について,これらの岩体の構造や性質を著者の実経験を踏まえながら,具体的な事例とともに説明している。この中で,地層処分場の候補岩盤としての適切性についての著者の見解が述べられている。
 さらに「あとがき」の中で,最終処分場に則った段階的進め方の欠陥として,処分場として明らかに不適格であることがわからなければ,次の段階に進むこと(が可能)とされている点について,不適格であることを示すことの困難さを指摘している。限りなくグレーな状態が続いた結果,不適との判断や,やむなく放棄となった時には調査開始から長い年月が過ぎ,膨大な費用が投じられ,その間に処分するHLW が増えることを懸念している。
 最終処分法で規定された文献調査では,得られる情報の多くは地表付近のもので,地下300 m 以深の情報は少ないため,グレーな状態になりかねない。著者が指摘するように,地層処分場として地質構造や地下水流動経路が比較的単純な場所が選定されることは重要である。一方でそのような地点でも実際にボーリング調査などによって予想外の構造が現れることも十分にあり得る。また,適度に割れ目が分布することは,比較的広域のスケールで見ると,割れ目が互いに連結していることで,全体としては均質な岩盤とみなすことも可能な場合もあると考えられる。
 いずれにしても,大事なことはできる限り定量的な評価基準を予め設定した上で,各段階で十分な調査と安全評価の結果を基準に照らし,透明性をもって次段階への移行の判断を行うことではないだろうか。さらにすべての結果を関係者に分かりやすく,説明することは必要不可欠である。
 本書を通して,わが国のHLW 地層処分に関わる変遷や現状を把握できるとともに,多くの野外調査を経験された著者が指摘する地質学的・水理学的な問題点を共有できる。地層処分にとって地下水の評価は必要不可欠であり,関連する分野の多くの研究者・技術者にお勧めしたい一冊である。