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島嶼環境史学への招待

【書評】※学会誌等の公開順
 書評 @ 「第四紀研究」 2026年2月 65(1)37-38 〔評者;高橋尚志
 書評 A 「日本地質学会 News」 2026年6月 29(5)3 〔評者;里口保文〕
 書評 B 「地学雑誌」 2026年6月 135(2)N3-N4 〔評者;中村洋介〕
 書評 C 「季刊地理学」 2026年78巻2号,99-100 〔評者;北村 繁〕


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「第四紀研究」  2026年2月 65(1)37-38(第四紀学会)
高橋 尚志(東北大学 災害科学研究所 災害評価・低減研究部門 助教)
 2011年の東北地方太平洋沖地震によって発生した地震・津波災害,すなわち東日本大震災は,戦後の飛躍的な経済発展とともに構築されてきた現代の日本社会に対して,低頻度・巨大災害のリスクを再認識させる契機となった.震災から約15年が経過しようとしている2025年現在,日本社会はそのリスクを適切に評価し,正面から向き合っていると言えるだろうか.
 約30年で1世代が交代し,寿命は長くても100年程度である人間にとって,自ら数千年に1回の頻度の巨大災害を想定して,具体的な対策を実施することは(飛躍的に寿命が延びたりしない限り)難しい.翻って102〜105年スケールでの地質現象を詳らかにする第四紀学は,人間の時間スケールを超えた低頻度かつ大規模なハザードを評価することが可能な稀有な学問領域であり,社会的な存在意義は本来もっと大きいはずである.
 しかし,巨大地震のみならず,破局的噴火を含めた低頻度・大規模災害について,防災の分野での議論は多少あれども,具体的かつ効果的な対策に貢献した事例は皆無に等しい.これは「(低頻度・大規模災害が)起きたら助からないだろう」という諦念に加え,災害の実態や規模が現実離れしすぎていて想像しづらく,「どのように評価・対策すればよいとのかわからない」という点に理由があろう.想定される災害に見合った労力や金銭を予め投資する,すなわち,費用対効果の勘定を考慮する事前防災の枠組みでは,低頻度・巨大災害,すなわち想定外の地質学的イベントを対象としにくい.そもそも,人間社会側が,どのくらいの被害が出るのか正確かつ十分な評価をできていないのではなかろうか.
 こうした課題を克服するためには,純粋地質学に限らず,考古学や歴史学,工学や社会科学などといった様々な分野が連携し,風通し良く議論できるようにする必要がある.また,地質学的な知見やデータが,災害科学の関連分野に参照可能な形で,かつ詳細な災害被害の評価に耐えうる解像度で提供されることが有用であろう.本書は,このような地形学・地質学と周辺分野の隔たりを埋め,より横断的な学問分野へと拡張することを試みており,火山噴火や地震,津波といった島弧特有のハザードの実態をより正確にとらえ,どのように低頻度・巨大災害を評価していくか,一歩踏み込んだ回答を示したチャレンジングな一書である.
 本書の筆頭著者である奥野充氏は「国際火山噴火史情報研究集会(EHAI)」という,原則年2回開催されている研究集会の主宰者である.本書の著者らの多くは,この研究集会に参加している研究者らであり,その専門分野は,火山学やテフロクロノロジーを中心に,第四紀学や古環境学,地質情報学,考古学など多岐にわたっている.
 著者らが掲げる「島嶼環境史学」とは,島嶼における自然環境景観の成り立ちを,地質現象から人間活動に至るまで含めて,多角的かつ様々な時間スケールで理解し,ひいては低頻度・巨大災害を適切に評価しようとする革新的な視点の学問である.現在我々が日本列島で見ている地形景観の多くは,その成立・発達に低頻度・巨大災害(ハザード)になりうる地質現象が大きく寄与してきた.巨大地震と津波,破局的噴火などは低頻度にもかかわらず,我々を取り巻く自然環境の成立を理解する上で無視できない現象である.このような当たり前でいて,非常に重要な視点を本書は改めて認識させてくれる.

 本書は大きく4章から構成されており,第T章「低頻度・巨大災害:火山噴火と津波,活断層」では,第四紀ないし近年日本列島で発生した中〜大規模の火山噴火や活断層地震のハザードについて紹介している.都市近傍の火山形成史からカルデラ噴火,アカホヤ津波,漂着軽石,活断層地震と地震性斜面崩壊,と多岐にわたる巨大災害の地震・火山のハザードについて,最近10年以内の研究成果が非常に詳しく解説されており,レビュー文献としての価値が非常に高い.いずれの節も,ハザード現象そのものにフォーカスしつつも,社会的な影響にも触れており,理学的な研究のみにとどまらないハザードの実態把握を目指す著者らの領域横断的な姿勢が垣間見える.
 第U章「島嶼環境史学からみる人間活動と生物多様性」では,巨大噴火や津波が生態系や人間社会に与えた影響について,古環境や生態学などの研究者らによる研究成果が紹介されており,領域横断性の高い本書の要となる章である.様々なプロキシに記録されている,あるいは東日本大震災などで観察された,生態系や人間社会が災害から影響を受けつつも回復していく様は,将来の我々の社会の災害レジリエンスを構築するうえで非常に参考になる知見だろう.
 第V章「島嶼環境史学における新たなアプローチ」では,古環境記録の保存が良い湖沼堆積物に対するいくつかの最新の研究アプローチが紹介されている.本書で紹介されている最新のアプローチは,年縞,環境DNA,元素マッピング,レーザー分光,14C年代の較正,である.水月湖の年縞堆積物を筆頭として,各地の湖沼堆積物のポテンシャルに注目が集まっており,これらの分析方法による詳細な古環境・古景観の復元は,島嶼における新たな自然史観を構築する上で重要なエビデンスを提供するであろう.
 第W章「防災・減災に向けた地質情報学」では,産総研の火山データベースやWebGISなどの取り組みが紹介され,地質・災害の情報のオープン化について論じられている.昨今,データサイエンスが隆盛を極めつつあるが,地質学者らが足で稼いだデータを眠らせず,ひろく活用可能な形式で公開することは,災害科学の発展にも大きく直結するだろう.
加えて,本書には,2024年能登半島地震と2025年ミャンマー地震に関する補遺が付されている.おそらく本書の執筆・編集中にこれらのハザードが発生し,急遽追加したのであろう.速報的ではあるものの,上記2つの地震に関する報文を,本書に間に合わせた本章著者の筆の速さには感服させられる.本書の主旨にも合致した,ごく最近のハザードに関する補遺が収録されているところを見ると,島嶼地域の景観変動が現在進行形で進んでいることを改めて実感させられる.

 上記のように,本書は地形学・第四紀地質学を中心としながらも,周辺分野の研究者らと連携しながら,島嶼のハザードと環境史について詳らかにしようとしている.強いて指摘すべき点があるとすれば,以下の3点であろうか.
 1つ目は,各章の内容的なつながりが若干薄いと感じられた点である.本書は多岐にわたる研究者が執筆に加わっているが,互いの章の結びつきがもう少しあった方が領域同士の融合性が進むのではと感じられた.例えば,V章で紹介されている最新の年代決定や古環境推定の手法を使用すると,T章やU章で紹介されている地質ハザードの年代や実態が,具体的にどれだけ詳しく解明可能になる(と期待される)か,といった点などである.総説的な内容はプロローグ・エピローグで記述されているが,様々な分野の研究者たちが「サラダボウル」ではなく「るつぼ坩堝」的に協働できれば,島嶼環境史の実態の解明がさらに進むだろう.
 2つ目は,「島弧」環境史学の方が適切ではないかと思われる点である.一般的には「島嶼」とは,単に「島」を指す語句であるため,必ずしも著者らが想定するような「第四紀に劇的な災害や環境変遷を経験してきた,海に囲まれた陸地」のみを指すわけではない.日本列島をはじめとする環太平洋地域などを想定しているのであれば,「"島弧"環境史学」と呼んだほうがより適切ではなかろうか.もしくは「"変動帯"環境史学」と呼んでもよいかもしれない.
 3つ目は図表の解像度である.特に第T章などにフルカラーで貴重な露頭の写真やデータが記載されているが,一部の写真や図の解像度がやや低く必ずしも視認性に優れるわけではないため,ややもったいなく感じた.校正上の問題ともいえるが,本書は最近の研究成果を整理した総説としての価値も高いので,今後重版・改訂時に改善されることが望まれる.
 ところで,日本列島の山地地形の形成と発達を説明する上では,古典的なDavisのモデルよりもPenckなどによる動的なモデルが比較的適合したように,島弧や湿潤変動帯独特の地形景観や地質構造の発達を説明する新しいモデルや理論の体系が登場してもよいと思われる.激しい地殻変動と侵食,地震・津波・火山噴火などの低頻度・巨大災害などによって形作られる島弧独特の複雑な地形・地質の発達過程を説明するには,安定した大陸地域ばかりを想定して考案されたものとは異なるモデルや理論の提案が必要であろう.明治〜大正時代における日本の近代科学の黎明期には,地形学を含めた多くの学問分野が,欧米のモデルや理論を輸入・演繹しながら発展してきた歴史を持つ.しかし,低頻度・巨大災害の影響下に晒されながらも,それらと共生することで構築されてきた島弧地域の自然環境の成立と発達は,従来の伝統的なモデルでは説明できない点もある.島弧地域の景観を説明する新たなモデルないし学問分野が創成されることで,地形・地質学全体の視野の幅にも広がりが生まれるはずである.「島嶼環境史学」は島弧地域発の新たな自然科学分野であり,本書はその萌芽期の成果をまとめた一里塚であると評者は捉えている.



 A
「日本地質学会News」 2026年6月 29(5)3(日本地質学会)
里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館 上席総括学芸員)
 地質学には,過去の出来事を明らかにするという視点がある.その明らかにされる過去は,人類が記録に残していない自然現象の存在とそのメカニズムを理解する上でも役立つ.特に,日本列島のように災害に結びつく自然現象が多くみられる地域であれば,長期的または超長期的にみて,低頻度だが今後起こる可能性がある自然現象の存在を知り,それが起こった場合の対策を考える上でも重要である.
 本書は,自然災害科学・環境学と考古学・歴史学を融合させた新しい学問領域として「島嶼環境史学」を提案し,日本列島のように海で隔てられた島嶼域における自然環境,生態系,人間社会とその展開を対象として,陸域アーカイブから人類と環境の相互作用の歴史を構築することを目指すとしている.内容は,プロローグとエピローグのほか,次の4章から構成されている.第T章「低頻度・巨大災害の起因現象:火山噴火と津波,活断層」,第U章「島嶼環境史学からみる人間活動と生物多様性」,第V章「島嶼環境史学における新たなアプローチ」,第W章「防災・減災に向けた地質情報学」.それぞれの章は,5から10の項目に分かれ,それぞれに詳細な解説や事例の紹介がなされている.
 第T章は,火山噴火や地震活動を対象として,火山噴火では首都圏にとってその活動が注目されている富士火山や,箱根火山,さらに,より巨大な噴火活動があったことが知られている姶良カルデラや鬼界カルデラの噴火活動を例に,地震については直下型の内陸地震や地震動による斜面崩壊などの例が挙げられている.ここでは低頻度の巨大災害を対象にしているが,巨大火山噴火と内陸地震では頻度が大きく異なることに注意が必要である.しかし,ここで取り上げられているテーマは,その現象と環境への影響を考えることに中心的な視点があることから,頻度は問題ではないかもしれない.なお,第W章の後に,補遺として本章にも関係ある内容である2024年1月に起こった能登半島地震と2025年3月に起こったミャンマー地震について,最新の調査結果を含む概説がされている.
 第U章は,巨大噴火による人間活動への影響度や植生変化などの古環境変化と,近現代を視点に島嶼部における生態系の撹乱についての考察がなされている.また,島嶼部で現在起こっている現象と生態系への影響について検討している.これは過去の生態系と環境変化の関係を考えるうえで重要であるが,現在の人間活動の環境への影響度が特殊なものである可能性も合わせて検討が必要なのかもしれない.
 第V章は,古環境を検討するうえでの最新の研究法によるアプローチ例が示されている.堆積物や石筍に認められる年縞は,事象の時間分解能を高める上で重要であり,堆積速度が早く年縞が多地点で見つかっている湖沼堆積物の重要性も述べられている.また,生態学などの研究分野で注目されている環境DNAの手法を,堆積物を用いた過去の生物理解のための研究例や,その問題点などが詳しく述べられており,今後はより生物学と古生物学や古環境研究の領域の垣根がなくなることが予感させられる.本章の最後の話題では,放射性炭素年代測定についての暦年較正に関する解説と研究事例紹介が行われている.人間活動との関係を考える環境学において,年代精度は重要であり,このような較正に関する概要的な解説は,この時代の年代学に関する理解を助けるものと思われる.
 第W章では,得られている地域情報などの基礎データを公開する方法の解説や事例紹介が行われている.インターネットが発達した現代においては,基本的にはネットを介した情報提供となるが,それらの提供方法として,視覚的にわかりやすい情報提示による工夫なども紹介されている.また,これらの情報提供には,そのもとになるデータのオープン化が重要である.世界的に研究データのオープン化が議論されている中で,このような視点は今後さらに重要になってくることが予想される.本章の最後の項目では,神社等の祭祀施設におけるハザード記録の情報集約等について検討が行われている.このような事例からは,災害史を含めた今後の災害対策には,このような地域住民によって残されてきた情報を広く共有することの重要性がわかる.
 最後のエピローグでは,著者らが提案する島嶼環境史学について,本書で扱えなかった点の,たとえば海域での環境変動と陸域や人間社会との関係や,災害考古学との連携など,今後の研究として重要な方向性の提示がなされている.
 本書の各章では,全体的に研究史の概説や前提となる問いなどの解説が述べられており,初学者には研究の流れがつかみやすくなっているほか,また各トピックにはカラー図や写真が豊富に掲載されており,読者の理解に役立っている.評者が在籍している博物館では,これから起こる可能性がある自然環境の変化や災害に結びつく自然現象に対して,市民や自治体の防災関係者からの問い合わせなどの窓口となることが多い.それらへ対応するための基本的な情報の参考図書としても,本書は役立つと思われ,サイエンスコミュニケーターやそのような活動に興味がある方には特にお薦めしたい.
 なお,本書の中でのいわゆる「人新世」の扱いが気になった.「人新世」は,人間活動により自然本来の変動の枠組みを超えていると考えられる現代という時代を象徴的に述べる用語として評者は捉えている.一方で地質学における地質時代の一つとしては,人新世作業部会による提案が2024年3月に国際地質科学連合(IUGS)から否認されており,今のところ地質時代の正式な枠組みでは取り扱うことができない.しかし,本書の86ページには『地質時代「人新世(Anthropocene)」の基準として,カナダの小さな湖沼の年縞堆積物がGSSPに採用された』とあり,「人新世」が正式な地質時代として採用されているかのような印象を読者に与える.本書の出版年からすれば,原稿準備期間がその提案がなされている最中であったと思われるが,前述の部分についていえば「〜年縞堆積物をGSSPとする提案が行われている」などとしたほうが良かったと思う.なお,「人新世」区分のあるなしにかかわらず,現在や近過去の環境やその変化を理解する重要性については論をまたない.
 このような学術領域の創設を目的とするものは,多くの場合,専門領域が多岐にわたる.本書においても30名の著者による様々な専門領域を含んでいる.それによる様々な分野や視点について,最新の研究動向を知り,今後の研究領域の設定や新たな研究視点を考えるうえで,非常に役立つと思われるものの,この紹介記事において評者が誤解した評をしている可能性も考慮いただき,少しでも本書に興味を持たれた方は,ご自分の目で確認をいただきたい.



 B
「地学雑誌」2026年6月 135(2)N3-N4(東京地学協会)
中村 洋介(福島大学人間発達文化学類人文科学コース 教授)
 この本のタイトルを最初に拝見し内容を読み始める前に,私は(単一の都道府県から構成される)「いわゆる離島における環境史学の本なのかな?」という印象を受けた。というのも,私の知り合いに島嶼生態学の研究者がいるが,その方は例えば「伊豆諸島の生態」といったテーマで研究を進めており,その印象が強かったためである。そうした(先入観の?)もと,表紙をめくってページを読み進めていくと,プロローグに「日本列島のような島嶼地域では」とあり,私は「島嶼という用語を誤解していたのか?」という思いになり,まずは「島嶼」という言葉を調べてみた。そこで確認できたのが,「我が国は 14,125 の島嶼により構成され」(国土交通省)とあり,これまでの誤解を改めたうえで読み進めていった。
 改めて本書を読み進めていくと,我が国の数多くの第一級の研究者によって執筆されていることがまず目につく。本書は 178 頁であるが著者は30 名にもおよび,内容も生物多様性,大規模噴火,内陸直下型地震,地震による斜面崩壊,花粉分析,湖沼掘削,環境 DNA,古代 DNA,海洋リザーバー効果,WebGIS,ICT 活用とオープンデータなど,「島嶼環境史」をキーワードとして非常に多岐な分野をカバーしている。
 以下が,本書の構成である。

プロローグ: 低頻度・巨大災害に対するレジリエンスの強化に向けた島嶼における
人類学的・自然環境史学的研究
第 T 章:
第 U 章:
第 V 章:
第 W 章:
補   遺:
エピローグ:
低頻度・巨大災害の起因現象:火山噴火と津波,活断層
島嶼環境史学からみる人間活動と生物多様性
島嶼環境史学における新たなアプローチ
防災・減災に向けた地質情報学
2024年1月1日 能登半島地震と2025年3月28日 ミャンマー地震
島嶼環境史学の展望

 「アーカイブからひもとく災害レジリエンス」というテーマは,島嶼地域における過去の災害記録や環境変化の歴史をアーカイブし,そこから災害に対する適応策や回復力を学び,未来の防災・減災に活かす重要性を示唆している。
 第T章では,火山噴火や地震,津波などに関して規模が大きかった富士山,箱根,九州のカルデラなどの噴火史にページを割いて紹介されている。とくに,専門分野外の方々にはあまりなじみの少ない火山噴火に伴う津波現象について,アカホヤ噴火を事例に取り上げられており,非常に興味深い。
 第U章では,「人間活動と生物多様性」をテーマに,紀元前における人類に巨大噴火災害が与えた影響や逆に人類がその生活活動によって植生などの自然環境を改変してきた歴史などが取り上げられている。一方で,現代における自然災害が生物多様性に与えた事例として,東日本大震災が植生に与えた影響について紹介されている。
 第V章では,主として堆積物の分析に基づく古環境の解析に関して,近年発達が目覚ましいさまざまな分析方法について紹介されている。とくに,「環境 DNA」「元素マッピング」「レーザー分光」といった本来は物理,化学,生物などの分野で発展してきた分析手法を地質学の分野に積極的に取り入れて,堆積物の分析の精度が上がっていることがうかがえる。
 第W章では,「地質情報」からの防災や減災に関する貢献に関して紹介されている。近年のコンピュータの性能の発達等もあり,以前よりもより大量のデータの解析が可能になっているが,「それらのデータをどのように集めて,それをどのようにオープンに公開して社会全体で情報を共有していくか?」といったことが述べられている。
 地球温暖化をはじめとする環境問題や,カルデラ噴火,活断層による地震・津波といった巨大災害は,人類が将来にわたって備えるべき重要な課題である。これらの低頻度で発生する巨大災害は,長期にわたり我が国の人間社会に重大な被害をもたらし,複合的な災害とその対応が数十年から百年単位で続く可能性がある。本書では,このような複雑かつ困難な問題に対して「島嶼環境史学」という新たな視点からアプローチしている。
 とくに注目すべきは,「アーカイブからひもとく災害レジリエンス」という副題が示すように,過去の記録や資料(アーカイブ)を通じて,災害に対する地域社会の回復力(レジリエンス)を読み解こうとする点である。本書は,低頻度・巨大災害の起因現象(火山噴火,津波,活断層)に加え,島嶼環境史学から見た人間活動と生物多様性の関係,そしてこの分野における新しい研究アプローチについて深く掘り下げている。
 既述のように著者が 30 名と多いため分野が多岐にわたりかつ,構成の関係上か1つのトピックが3ページ程度で終わってしまうテーマも見受けられたのはやや残念であった。しかし,本書は地球の形成と進化を現在の地球環境とその変遷史から解析し,その成果を地球環境問題の解決や自然災害の予測・対策に活かせる人材の育成にも貢献するものとなりうる。富士山の噴火のような具体的な災害への予兆分析にも触れられており,自然災害の脅威に直面する現代社会にとって,非常にタイムリーで価値のある一冊と言える。


 C
「季刊地理学」 2026年78巻2号,99-100(東北地理学会)
北村 繁(新潟大学人文社会科学系教育学部 人間社会ネットワーク講座 教授)
目次
プロローグ: 低頻度・巨大災害に対するレジリエンスの強化に向けた島嶼における
人類学的・自然環境史学的研究
第T章 低頻度・巨大災害の起因現象:火山噴火と津波,活断層
T.1 概説:巨大噴火の災害と減災対策(三浦大助)/T.2 富士山の噴火(馬場章)/T.3 箱根火山の巨大噴火と首都圏(萬年一剛)/T.4 姶良カルデラと桜島火山の最近10万年間の噴火史:姶良Tn(AT)および桜島薩摩(Sz-S)規模の噴火の長期予測(奥野充・小林哲夫)/T.5 鬼界カルデラのアカホヤ噴火とアカホヤ津波堆積物(小林哲夫)/T.6 アカホヤ津波の成因:カルデラ崩壊のプロセス(小林哲夫)/T.7 アカホヤ津波が沿岸域の生活環境に与えた影響(小林哲夫)/T.8 沖縄本島および石垣島での福徳岡ノ場起源の漂着軽石:2021年11月以後の産出状況(奥野充・鳥井真之)/T.9  活断層と都市直下の内陸地震(遠田晋次)/T.10 2018年北海道胆振東部地震による斜面崩壊の順序(奥野充・鳥井真之・古市剛久・北園芳人)
第U章 島嶼環境史学からみる人間活動と生物多様性
U.1 南九州における先史時代の巨大噴火災害(續ィ光博)/U.2 遺跡周辺の植生:人類による攪乱の影響(林尚輝)/U.3 花粉分析による古植生変遷:東ポリネシア・クック諸島(藤木利之)/U.4 島嶼生態系における進化と絶滅(西岡佑一郎)/U.5 人為災害が生物多様性に与える影響(早川宗志・岸本年郎)/U.6 自然災害が生物多様性に与える影響(早川宗志・黒沢高秀)
第V章 島嶼環境史学における新たなアプローチ
V.1 湖沼掘削科学の新たな地平(山田和芳)/V.2 年縞から読み取る古環境記録(石原与四郎)/V.3 堆積物コアに含まれる環境DNAの分析方法(仲村康秀)/V.4 生物多様性の健全性と将来に向けた保全(岸田拓士)/V.5 元素マッピングが拓く古環境変化と生物多様性(中西利典・北田寿夫・水平学)/V.6 レーザー分光の環境学・地質学への応用(坂井三郎)/V.7 海産物試料の14C年代の暦年較正:Marine20とMari ne13による暦年の比較(中村俊夫)
第W章 防災・減災に向けた地質情報学
W.1 産総研地質調査総合センターの火山データベース(宝田晋治)/W.2 地質学的記録から数え落とされている爆発的噴火の量の推定(清杉孝司)/W.3 WebGISを用いた地質情報の共有と可視化(根本達也)/W.4 情報のオープン化(奥村勝)/W.5 祭祀施設のハザード記録(黒木貴一)
補 遺
エピローグ
:2024年1月1日能登半島地震と2023年3月28日ミャンマー地震(遠田晋次)
:島嶼環境史学の展望


 初めに本書の目次をみていただければ,4章29節からなる極めて多様なトピックが,それぞれその分野の第一人者の手によって書かれていることがお分かりいただけるだろう(著者総勢30名)。一方で,様々な専門分野に広がる著者らとその研究を結び付けるのは,「島嶼環境史学」「アーカイブ」「災害レジリエンス」などのキーワードである。
 まず,「島嶼環境史学」だが,本書「プロローグ」では,これを「自然災害科学・環境学と考古学・歴史学を融合させた」もので,研究対象を「島嶼域の自然環境,生態系,人類社会とその展開」において,「陸域アーカイブから人類と環境の相互作用の歴史を構築する」新しい学問であるとしている。
 ここでいうアーカイブ(記録)のひとつは「陸域アーカイブ」すなわち,陸域における時系列的な「自然の」記録である。コンスタントな堆積が生じる海洋底や氷床域は,堆積物の垂直方向を時間軸とする経時的な試料から古環境の時系列的な変動の情報を得るのに有利だが,侵食が生じる陸域では,時系列的な「記録」が自然界に生じる場所・場合は限られる。その一方で,陸域は,海洋底や氷床域に比べてアクセスが良く,人間活動が行われ,歴史記録などが残されるのも陸域であるため,人類と環境の相互作用の歴史の構築には,むしろ陸域の方が都合がよい。
 一方で,「陸域アーカイブ」以外のもの−人類学,考古学,あるいは,生物進化学などにおける研究蓄積や,文献以外の情報共有方法であるところのデジタル・アーカイブなど−も「アーカイブ」に含む。
 こうした「アーカイブ」が包含する多様な環境や災害のデータと,場合によっては年単位で得られる高分解能・高精度な年代をもとに,過去に生じた環境変動と人間社会の相互作用や,現代文明にとって記録・記憶に乏しい過去の災害を明らかにすることで,環境破壊・環境汚染や自然災害が,人類の未来に与える影響の予測や防災・減災に貢献する知見が得られる。本書「エピローグ」では,そうした研究によって,島嶼環境は,「境界線が明確で,比較的単純な環境」であり,「島嶼社会が形成・維持・発展・変化したプロセスをレジリエンスの視点から読み解き,自然とのバランス喪失や持続困難な社会などの課題について考察する」のに「最適な空間である」と述べられる。
 第T章では,低頻度だが巨大災害を引き起こすような現象のうち,火山噴火や地震,津波などについて研究例が紹介される。その中には,カルデラ崩壊に伴う津波といったまだ一般にあまりよく知られていない現象についても解説がある。また,紹介される研究例の多くは,陸域の堆積物を研究対象としている。地震については,数学的に示された経験則に加え,歴史記録を利用している。また,地震による斜面崩壊では,地形層序が用いられるが,それができるのも目視や航空写真撮影が可能な陸域だからこそである。
 第U章では,低頻度・巨大災害の人間活動や環境への影響について,考古学的資料からの研究事例が紹介されるほか,人為が植生や生物多様性に与える影響については(陸域アーカイブとしての)累積性土壌や湖成堆積物における植物珪酸体,花粉,微粒炭などの分析や,島嶼生態系の進化・絶滅・生物多様性の研究蓄積−これも本書の「アーカイブ」のひとつ−から論じられる。
 第V章では,低頻度・巨大災害の発生確率をより詳細に見積もるために,年単位の高分解能の年代試料と,そうした試料からどのような代替指標(プロキシ)を得るかに着目した解説が行われる。こうした年代試料は年輪がその代表格といえるが,本書では,「年縞」,なかでも,湖成堆積物にみられる湖成年縞と石灰岩地域の地下洞窟に形成される石筍年縞が取り上げられる。こうした年縞は,年毎の試料は微量でも,数十年〜数万年分の連続試料が得られた場合には,網羅的,自動的に大量に分析できる機器が必要となるが,本書では,環境DNAメタバーコーディングや微小部蛍光X線分析装置での元素マッピングの事例が紹介される。この他,海産物試料の暦年較正に関係した議論も紹介される。
 第W章では,更なるアーカイブとして,デジタル・アーカイブとそれによる情報共有が加わる。また,デジタルではないが文書でもない記録−ここでは神社への奉納物−からの災害ハザードを読み取る研究も紹介される。
 初学の学生なども手に取りやすいよう価格を抑えるためか,あるいは,ちょっとした解説を加えるだけでも紙面が膨大になりかねないためか,本書は,これだけの内容をわずか176頁(本文142頁)にエッセンスを凝縮している。その結果,効率的に要点が得られる一方で,背景や方法についての詳細がそぎ落とされ,専門が遠い読者にはやや難解な印象を与える場合があるかもしれない。しかし,本書の各章節はすでに公刊された多数の論文や書籍をもとにまとめられており,より詳細な内容を知りたい場合には,巻末の文献一覧から原典を参照できる。文献一覧には15頁,本書の約1割のページが割かれており,しかも開きやすいように小口に色をつけられている。こうした配慮は,本書が島嶼環境史学の入門書であるだけでなく,そのための文献アーカイブの役割を果たすことを企図しているものと思われる。
 一方,多くの著者がそれぞれ短い章節を担当する構成は,全体として羅列的な印象を与え,関心を引く章節以外,飛ばして読まれてしまう恐れがある。しかし,本書には全体を通底するテーマがあり,また,新たな学問分野の創成という大胆な提言が行われるため,ぜひ一度は通読をお勧めしたい。もし,章節相互の関係性に迷った際には,プロローグやエピローグに戻って,本書に通底するテーマや全体の流れを再確認すると良い。
 「島嶼環境」は、生物学的には絶滅に対する脆弱性が高いとされる。そのアナロジーで言えば,低頻度・巨大災害は(人類絶滅はなくとも)文明や社会を崩壊させる可能性がある。そのため,現象理解と過去の人間の応答に学ぶ姿勢はレジリエンスを高めるという本書の視点は極めて重要である。また,本書で低頻度・巨大災害として扱われるのは,噴火・地震・津波など,島弧周辺を発生源とするものが多いが,(地球温暖化に伴うものばかりとは限らない)大雨・熱波などの気象の極端現象も低頻度だが巨大災害をもたらす可能性があり,これらにも応用可能な論考は興味深い。また,国境などで分割され,地域内に特有の文明・社会が維持され,地域や(社会的・文化的)領域を超えた人間の移動に制限がある場合,自然災害がその地域全体を破壊しなければ,本書の「島嶼環境」と類似の状況が生じると考えられる。そのため,大規模森林火災や干ばつといった,どちらかというと大陸に多い災害も含め,「島嶼環境史学」が,ひろく低頻度・巨大災害に対するレジリエンスの向上に貢献する分野に発展していく可能性が本書から感じられる。
 初学の学生にとっては,新たに開かれた分野の入門書として,また,関心のある分野の学習を進めるルートマップとして本書が利用できるだろう。また,他分野の研究者には,新たな領域の研究のエッセンスを,網羅的かつ要点を効率よく知ることができる良書といえる。